記憶を辿って書いています。
陣痛や出産に関する体の変化等の表現が含まれているため不快に思われる方はご注意ください。
夜は陣痛の間隔が5分ごとだったのか正確にはわかりませんが、
痛い→寝る→痛い→寝る
を繰り返して朝6時くらいになりました。
痛いながらも寝れてよかったです。絶望の夜の時間が過ぎていき、朝、助産師さんが子宮口を確認すると7センチとのこと。順調に進んでますねということでした。
それから、分娩室に近い方の陣痛室に移り、もういきみたい感じだったらいきんで良いですよと言われました。
陣痛はもう我慢できないくらい痛くなっており、くるたびに「痛い痛い」とうなったり叫んだりしていました。
コロナ禍ということもあり、夫が背中をさすってくれたりというよく聞く話は夢の話。たまにくる助産師さんがテニスボールを当ててくれたりはしますが、ずっと居てくれるわけではない。
それでも、時間が過ぎて、お産が進んで、ついに分娩台へ移動です。
陣痛のないタイミングで、自分で歩いて移動しました。
分娩台に乗り、スマホとお茶を準備して、いざ出産です。
陣痛に合わせて何度もいきんでも、なかなか出てこない。
でもそれは普通だったよう・・・
しばらくすると「そろそろ産みましょう!」という声かけがあり、今までは産まれない前提でいきんでたのかと。笑
横向きがいい?と途中で体勢変えたりもしましたが、最後はやっぱり上向き!
先生も登場し、助産師さんも世間話をしているのでなんだか拍子抜けもしつつ、なかなか出てこないから陣痛促進剤か何かを点滴に追加され、酸素マスクをつけられ、「痛い、つらい」と叫んでました。
頭が大きい子だったのでそれが原因かはわかりませんが、本当に出てこなくて、ついにお腹を押されることになりました。
担当以外の先生と、助産師さんが交互にお腹をグッグッと力いっぱい押します。
「いきんで〜、2回目大事よ〜」との先生の掛け声に励まされながら私も最後の力を振り絞りました。
やっと頭が出て、すぐに体が出て、誕生しました。
もう疲れ過ぎてて、出て来てすぐ泣いたのかも覚えていませんが、連れて行かれたところで泣いている声が聞こえました。
すぐに横に連れて来てくれて、スマホで撮影もしてくれて、パパに報告のテレビ電話もできました。
そこからは処置が終わると分娩台で2時間くらいゆっくり休んでくださいって感じで、夜もよく眠れなかった私はすぐに爆睡していました。目がさめると誰もいなくて変な感じ。スマホで実家の家族に報告の連絡をしたりしました。
次へ、まだもう少し続きます。